日本理学療法士協会の設立を含め、日本における理学療法士の現在に至るまでの歴史をご紹介します。
理学療法士の方やこれから理学療法士を目指す方だけでなく、一般の皆さまもぜひご覧ください。
1960年(昭和35年)
医学的リハビリテーションに注目集まる『厚生白書』で初めて、医学的リハビリテーションが予防および治療とならぶ医療の重要部門として言及されました。
「以上に述べたような医療保険制度と公衆衛生対策との不均衡な発展を是正し、わが国の医療保障制度をさらに一段と推進するためには、公衆衛生対策がわが国社会の近代化のは(跛)行性を反映して広範多岐にわたらざるを得ないにせよ、その全般にわたつてこれを強化充実するとともに、医療費の保障制度の充実と並行して総合的な見地から疾病の予防、治療およびリハビリテーシヨンを一貫する有機的な対策を推進していくことが強く要請されるのである。」
日本の理学療法(士)の歴史はここからはじまります。
参考:厚生労働省 厚生白書(昭和35年度版)1963年(昭和38年)
日本初の養成校開校日本初の理学療法士・作業療法士養成校として、国立療養所東京病院付属リハビリテーション学院が東京清瀬市に開校しました(2008年閉校)。
1965年(昭和40年)
理学療法士および作業療法士法施行6月29日「理学療法士及び作業療法士法」が国会にて成立。8月29日に公布施行されました。
これにより今まで曖昧だった「理学療法士・作業療法士」の職能が公式に定義され、
次年に実施される国家試験が行われる基盤が整うこととなります。
1966年(昭和41年)
日本初の理学療法士の誕生第1回理学療法士・作業療法士国家試験が実施されました。第一回目の理学療法士合格者は183名。
これにより、ひとの動きを専門とする唯一の医療専門職がわが国で初めて誕生しました。
7月17日、設立総会が国立療養所東京病院附属リハビリテーション学院で開催され、日本理学療法士協会が設立されました。設立時の会員数は110名でした。設立日は現在、「理学療法の日」として日本記念日協会に登録されています。そして、その前後1週間を「理学療法週間」として、全国的にさまざまな理学療法啓発活動を行っています。
9月、協会ニュース創刊号が発行されました。当時はガリ版と呼ばれる、ロウ紙に鉛筆のような尖ったもので削っていく地道な作業で制作され、大変な労力でした。現在も会報誌『JPTA NEWS』として連綿と続き、2015年2月現在、293号まで発刊されています。
第1回理学療法士学術大会開催
10月8日、第1回理学療法士学術大会が東京大学で開催されました。学術大会のテーマは「PT管理と運営」、演題数は5題でした。
1967年(昭和42年)
都道府県理学療法士会の設立兵庫県理学療法士会が、最初の地方組織として設立されました。
その後、1979年(昭和54年)の群馬県理学療法士会の設立をもって、
全国47都道府県すべてに都道府県理学療法士会が設置されることになります。
1972年(昭和47年)
社団法人として設立厚生省(当時)より、本会に社団法人の認可が下りました。
これは民法上の公益法人(当時)として国が認めたということであり、
設立からわずか6年、理学療法の社会的ニーズの高まりを、既にこの頃から感じることが出来ます。
1974年(昭和49年)
学術誌創刊本会の学術誌『臨床理学療法』が創刊されました。
その後、昭和59年より『理学療法学』と名称を変えながら、現在も発行が続いています。
第7回世界理学療法連盟の総会(於:モントリオール)にて、本会の正式加盟が認められました。
1979年(昭和54年)
短期大学教育の開始金沢大学医療技術短期大学部に理学療法学科が新設され、念願であった大学教育のいとぐちとなりました。
1985年(昭和60年)
理学療法白書1985を発刊協会設立の節目からちょうど20年目の年、理学療法の現状と課題についてまとめた『理学療法白書』を発刊しました。
これ以降、白書は定期的に刊行され、理学療法の歩みを刻むこととなります。
1990年(平成2年)
学術研究団体として認定日本学術会議により、学術研究団体として認定されます。
理学療法が“科学”として認められた瞬間であり、また本会の活動が評価された瞬間でもありました。
これにより、本会は「職能団体」「公益団体」そして「学術団体」という側面を持つことになりました。
1992年(平成4年)
大学教育の開始広島大学医学部保健学科に理学療法専攻が新設。理学療法士の養成課程として、4年制大学教育が開始されました。
これ以降、全国に大学教育による理学療法士養成が広がっていきます。
1994年(平成6年)
新人教育プログラムの開始新人教育プログラムが開始されました。そして、1997年(平成9年)には、
生涯学習システム・専門理学療法士制度が導入され、卒後の教育制度の基盤ができました。
1998年(平成10年)
英文学術誌が創刊英文学術誌『JJPTA(Journal of the Japanese Physical Therapy Association)』を創刊しました。
日本の理学療法が世界水準へと達したことの証左といえるでしょう。
1999年(平成11年)
世界理学療法連盟学会を日本で開催第13回世界理学療法連盟学会が初めて日本で開催されました。テーマは「文化を超えて」。
天皇・皇后両陛下にご臨席いただき、また、76か国からの参加がありました。
大会長は当時の本会会長である奈良勲先生、会場はパシフィコ横浜でした。
2000年(平成12年)
「理学療法の日」誕生理学療法週間のイベントが全国47都道府県士会で実施され、その様子がテレビに取り上げられました。
1994年(平成7年)に試験的に13の都道府県理学療法士会で実施してから5年間で全国展開できました。
2014年(平成26年)からは、全国一斉に行う「介護予防推進キャンペーン」も実施されています。
2003年(平成15年)
ガイドライン発刊理学療法診療ガイドラインが発刊されました。
理学療法士の増加とその就業分野の多様化につれて、あいまいになっていた臨床評価の基準を標準化することが目的で、
日本の理学療法の水準向上に大きく寄与しました。
2009年(平成21年)
理学療法士の衆議院議員誕生第45回衆議院議員総選挙にて、理学療法士の衆議院議員が誕生しました。
2012年(平成24年)
内閣総理大臣により公益社団法人として認可されました。6月8日には公益社団法人移行祝賀会が開催され、1966年(昭和41年)の本会設立以降の歴史を振り返るとともに、今春に策定された本会の基本理念が示され、公益社団法人として本会が担う役割と責任を広く宣言する会となりました。
一般財団法人訪問リハビリテーション振興財団を、日本作業療法士協会・日本言語聴覚士協会とともに設立し、東日本大震災の被災地である福島県南相馬市に「浜通り訪問リハビリステーション」を開設しました。
その後、岩手県宮古市に「宮古・山田訪問リハビリステーションゆずる」(2013年4月)、宮城県気仙沼市に「気仙沼訪問リハビリステーション」(2014年10月)を開設。
現在も被災地の地域リハビリテーションに取り組み続けています。
2016年(平成28年)
日本理学療法士協会 設立50周年身体に障がいのある方を対象として医療施設を中心に始まった理学療法は、この50年で介護施設での治療や介護予防、スポーツなど、幅広い領域に広がってきました。本会では基本理念にのっとり、次の100年に向かってたゆまず、理学療法を通じて社会に貢献していきます。